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甲府地方裁判所 昭和60年(ワ)165号 判決

原告

山梨県

右代表者県知事

天野建

右訴訟代理人弁護士

細田浩

右指定代理人

長山勝典

丸山正雄

井口弘章

三井正雄

大堀道也

宮沢国雄

赤池隆広

長坂信一

木村靖郎

牧野治

原告補助参加人

忍草入会組合

右代表者組合長

大森教義

右訴訟代理人弁護士

江橋英五郎

廣田富男

被告

忍草入会組合

右代表者組合長

天野重知

右訴訟代理人弁護士

色川清

廣瀬理夫

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  当初の忍草入会組合と忍草区の関係

前記第二の一2(一)の各事実、〔証拠略〕によれば、忍草区(旧名称忍草組)が昭和二一年一月ごろ町村制下の行政区であったと同時に旧忍草組の地縁的生活共同体及び忍野村の末端行政組織としての機能並びに本件入会権の管理処分に関する事務を但う権利能力なき社団であったこと、同区が昭和二二年の地方自治法施行後も権利能力なき社団として存続し右機能ないし事務を承継し担っていたこと、同区では遅くとも昭和二六年頃から区長の任期満了の年の一二月二五日に前組長等が集まり次年度の区長を選任し、区民が毎年一月二日に所属組の前年度組長宅に集まり当年度の組長を誰にするか協議したうえ公民館で各組毎に組長を選任する慣行があったこと、同区が第二次世界大戦後旧入会住民でありながら離農した非入会住民等を区民とする道を開いたことによって区民となるには必ずしも農業従事者で入会住民としての資格を有する必要はなかったこと、他方、当初の忍草入会組合が遅くとも昭和二二年までに当時米軍の演習場として接収されていた本件入会地に入会住民の本件入会権があることを認めさせることを目的とするいわゆる入会権確立闘争を始めたこと、同組合が各組長の合議体である総代会及び区長が兼任する組合長等業務執行機関と入会住民が構成する最高議決機関である総会とによって運営されていたこと、同組合が作られたのは忍草区がその名称の下で右闘争を行ったのでは入会住民が本件入会権を有すること及び当該団体が入会権を管理していることを関係省庁、G・H・Q(連合国軍総司令部)ないし一般国民に知らしめるのに不適切であるうえにこれらを周知させるためには入会権を持つ団体であることが一見して分かる名称と組織の団体が必要であり、かつ、前記のとおり区民が必ずしも入会住民でない事態も生じていることでもあり本件入会事務のみにかかわる団体を作る必要があったためであること、当初の忍草入会組合が昭和三一年九月二〇日明文の本件組合規約を定めたこと、更に、忍草区と当初の忍草入会組合の総会は別名義(前者は区長名義、後者は組合長名義)の手続で招集されていること、被告代表者天野重知もこれを自認しているとおり両者の会計が区別されていること、しかし、区民の大半が昭和三十一年当時は組合員資格を持っていたこと、忍草区が依然として本件入会権を擁護することをその目的としていること、そこで、本件組合規約には組合長を区長が兼ねる旨の規定があること、区民の大半が組合員資格を持つ状態は少なくとも昭和四八年初頭まで続いていたこと、以上の各事実を認めることがきる。

右の各事実によれば、当初の忍草入会組合は、専ら本件入会権の内部的な管理統制及び対外的権利確立維持を目的として明文の定款に基づき同組合の母体として社会的に実在していた忍草区とはその構成員資格、機関の構成、選任及び運営並びに財産ないし会計関係を異にする別個の権利能力なき社団ではあるが、忍草区が本件入会権を擁護すべき立場にあったこと、組合員が区民の大半を占め区民の意思が組合員の意思とほぼ合致するという関係にあることから組合長区長兼任規定等が定められ、忍草区と当初の忍草入会組合とが同一歩調の下に運営されてきたものと認めることができる。

二  天野重知区長退任(任期満了)による組合長の地位喪失の有無について

1  前記第二の一2(四)の事実、〔証拠略〕によれば、忍草区では明治二二年末ないし昭和二八年末までの間区長が一年毎に交替していたこと、区長の任期が慣行上一年であると主張するものが区民の中に相当数いること、渡辺伊佐男らが昭和五〇年一月従前の慣行に照らし区長の任期を一年間とする忍草区運営規約を起草したこと、しかし、区長の任期は従前これに関する明文の規約がなかったので柔軟に決める余地があったこと、区長の任期については渡辺伊佐男らによる忍草区運営規約起草当時にさえ二年説があったこと、区長は昭和二八年末以降昭和四八年末までは一年で交替する場合(一人だけ)もあったがそれぞれ二年間以上継続して務める場合の方が一般的であったこと(二年間が一人、四年間が二人、九年間が一人)、本件組合規約は昭和三一年九月に制定され同規約では組合長の任期を二年としているがその理由は忍草区が同規約制定当時入会権確立維持のための激しい闘争を行っておりこれに継続性を持たせる必要があったからであること、右以降天野重知が区長に就任する昭和四八年一二月二五日以前までは区長が一年で交替したことはなかったこと、この間一部新聞も当初の忍草入会組合の組合長の任期が二年であることを前提とする報道をしていたこと、忍草区運営規約を起草した渡辺伊佐男らは少なくとも昭和四七年以前の忍草区及び当初の忍草入会組合の運営に直接関係していなかったこと、以上の各事実が認められる。

右の各事実によれば、区長の任期が少なくとも昭和二八年末の選挙までは慣行上一年であったことを推認することができるが、その後は当初の忍草入会組合による入会権の確立維持の闘争に継続性を持たせる必要から組合長の任期に歩調を合わせて区長も二年以上努めるようになり、特に本件組合規約制定から天野重知就任までの間には区長の慣行上の任期が二年間となっていたことも窺われないではなく、他に区長の任期が昭和四八年末当時も慣行上一年間であった旨の原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。

2  したがって、天野重知区長が昭和四九年一二月二五日その任期満了によってその地位を失い、本件組合規約により当初の忍草入会組合の組合長の地位も失った旨の原告らの主張は理由がない。

三  天野重知区長の解任について

1  条理に基づく区長解任手続の効力について

区長の解任に関する明文の規約及び慣習がないことは当事者間に争いがない。

しかし、他方、前記第二の一2のとおり忍草区は、町村制施行中及び地方自治法施行後を通じて区民による議決機関である総会、区民が所属組毎に選任する組長らが構成し業務執行決定ないし区長選任権限を有する区会及び代表機関である区長という機関構成を備え、地縁的生活共同体の事務及び忍野村の末端行政事務を担ってきた団体である。

そして、このような沿革ないし機能を有する準公共的な団体において区長が反社会的な行為をし又は正常な職務執行をせず、これによって区民の福祉に反し、かつ、区民に深刻な損害を惹起させるおそれがあるときでもその専横ないし非違又は懈怠を任期満了まで拱手傍観せざるを得ないものとすることは、正義ないし条理に反するといわねばならない。

そこで、慣行上区長の選任権を持つ組長ら及び組長選任権を通じて終極的に区長の選任を持つ区民は、その多数意思が適正に反映される機会を担保する手続に則り、前記のような不当な区長には解任理由があるものとして、これを解任する条理上の権利があるものと解すべきである。

2  解任理由の有無について

(一)  過激派学生との提携による闘争の過激化

〔証拠略〕によれば、天野重知が第二次世界大戦後の本件入会権確立のための運動の実質的指導者であったこと、右運動が入会住民の生活維持を目的とするいわば経済闘争としての性格を帯びていたこと、そこで違法行為がなされることもあったが入会住民が主体であったため逮捕者を出したことがなかったこと、右天野が遅くとも昭和四五年ごろから当時の米軍演習場であり昭和四八年に自衛隊の演習場となった梨が原地域の地元への返還を求める運動を組織し、同年以降昭和四八年までの間、反基地運動の中核派、反帝学評等に属する山梨大学や静岡大学のいわゆる過激派学生と堤携して区民兼組合員の演習場への立入、座り込み、国道一杯のジグザクデモ、演習場内の多数の小屋建設、古タイヤの火付け等の過激な演習妨害行為を指導したこと、区民兼組合員及び過激派学生が右の演習妨害行為に際して度々警察官や自衛官と実力で衝突するようになり、特に昭和四七年には過激派学生が自衛官に対する傷害罪で逮捕されるなど闘争が暴力的になってきたこと、以上の各事実が認められる。

(二)  忍草区の財政運営上の職務懈怠

また、〔証拠略〕によれば、忍草区が忍草保育園建設資金を拠出したこと、同資金には一〇九三万円に上る使途不明金があったこと、天野重知が区長就任前に前記過激闘争資金として右使途不明金を濫用したのではないかとの疑惑を受けていたこと、恩賜県有財産保護組合からの市村配分金二五五〇万円及び忍野村からの交付金の各使途が不明であったこと、天野重知が区長就任後に区長名義で区民から入会闘争費名下に約二億円に上る金員を借入したこと、同人が組長を含む区民から右の各使途不明金の解明及び右借入金の返済方法などの財政問題につき再三釈明を求められたのに対し昭和五〇年一月八日責任を持って対処する旨の回答をしたに止まり区会において詳細な経理内容を明らかにしあるいは活動方針について釈明するなどせず、その限りにおいて区長が組長らに対して負うべき職務を果たさなかったこと、以上の各事実が認められる。

(三)  区長の職務の放棄

更に、〔証拠略〕によれば、忍草区長が毎年一二月二五日翌年の活動方針の討議及び会計報告などのための区会を招集すべき慣行上の義務があったこと、天野重知が昭和四九年一二月二五日右義務を懈怠したこと、そこで、昭和四九年一月二日に選任された組長ら又は区民が同人に対し区会招集を要請したこと、これに対し同人が昭和五〇年一月八日に開かれた区の初寄合に出席したのみで同日以降事実上区長としての地位にありながら職務執行をしなかったこと、また、二組と三組の組長を除く組長らが同人に対し連署による同月一三日の区会招集要請及び同月二一日の区会運営協議会出席要請の各文書を送付したこと、二ないし四組の組長を除く組長ら(以下「組長五名」という。)が同人に対し同月二九日開催予定の区民大会への出席要請を内容とする連署による同月二五日付文書を送付したこと、これに対し同人がいずれの要請にも応じなかったこと、以上の各事実が認められる。

(四)  以上(一)ないし(三)の各事実を総合すれば、天野重知が反社会的な行為を黙認し又は正常な職務執行をせず、これによって区民の福祉に反し、かつ、区民に損害を惹起させるおそれがあるというに十分な行為をしたものと認めることができ、したがって同人には昭和五〇年当時解任理由があったものと言わざるをえない。

3  解任手続の効力について

(一)  解任手続の経過

(1) 区民大会の招集経過

〔証拠略〕によれば、組長五名が昭和五〇年一月二七日ごろ同月二九日午後六時に忍草区の業務を正常化する目的で全区民による区民大会を開催することを決定したこと、組長五名が同日区民全員に対し新聞折り込みの方法で右区民大会への出席要求書を配布し、かつ、従来から忍草区の区民に対する連絡事項を掲載してきた同区内の各組毎に設置されている掲示板全部に同旨の掲示をしたこと、組長五名が同日以降同月二九日までの間スピーカーによる出席要請を繰り返し放送したこと、組長五名が同月二八日自ら及び二ないし四組の組長宛の同旨の文書を配布したこと、以上の各事実が認められる。

(2) 区民大会による区長不信任決議の経緯

次に、〔証拠略〕によれば、区民大会が同月二九日に開催されたこと、区民約三六〇戸のうち二三三戸(内委任状一八戸)が出席したこと、出席者が従前の忍草区運営に関する慣行を明文化する忍草区運営規約を可決承認したこと、天野重知区長不信任決議が出席者の緊急動議に基づき全員一致の挙手による投票をもって可決されたこと、以上の各事実が認められる。

(3) 区会運営協議会による解任決議と前区長に対する告知

更に、〔証拠略〕によれば、組長五名が同月三〇日再度忍草区会運営協議会を開催して前記不信任決議を確認したこと、同協議会も右天野を解任する旨決議したこと、同協議会が右天野に対し同月三一日付(同年二月一日到達)の書面により右解任を通知したこと、以上の各事実が認められる。

(二)  右手続による区長解任の当否

右(一)に認定した事実によると、天野重知を区長から解任した手続は、慣行上区長の選任権を持つ組長ら及び組長選任権を通じて終極的に区長の選任権を持つ区民の多数意思が適正に反映される機会を担保する適正な手続であり有効であったものと認められる。

4  以上1ないし3の各事実によれば、天野重知は遅くとも昭和五〇年二月一日までに忍草区長の地位を失ったものと認めることができる。

四  区長解任と組合長の地位の喪失について

1  組合長区長兼任規定の合理性

(一)  そして、本件組合規約には区長に選任された者が忍草入会組合長を兼任する旨定められていること(組合長区長兼任規定)は当事者間に争いがないところ、天野重知が遅くとも昭和五〇年二月一日までに区長を解任されその地位を失ったことは右三に認定したとおりであるから、同規定によれば天野重知が同日区長の地位を失うと同時に組合長の地位も失ったものと認めることができる。

(二)  これに対し、被告は、忍草区と当初の忍草入会組合とが同一の権利能力なき社団であること、右社団から忍野村の末端行政事務を営むことのみを目的とする忍野村第二区が分離されたこと、前記組長五名が第二区の区会を構成する組長として選挙されていること及び区民大会が右第二区の総会であることの以上を前提として、組長五名が招集した第二区区民大会が組合長(区長)を解任する権限はないと主張し、右主張のうち前記前提事実についてはこれに副う被告代表者天野重知の供述部分がある。

しかし、忍草区が忍草入会組合とは別の権利能力なき社団であることは前記第三の一で認定したとおりであること、忍草区からの第二区の分離は事業目的の変更に当たり区民総会による同意を要すると考えられるところ右同意が得られた旨の主張、立証が一切ないことよりすれば、被告代表者天野重知の右供述部分を俄かに採用することはできず、被告の前記前提事実の主張は理由がないから、その余の点について判断するまでもなく組長五名が招集した第二区の区民大会が区長すなわち組合長を解任する権限はない旨の被告の主張も理由がない。

(三)  更に、前記第三の一のとおりその制定当初組合員が区民の大半を占め忍草区が依然として本件入会権を擁護することをその目的としていたことから組合長区長兼任規定が定められたものであるとしても、同第三の各事実によれば、本件組合規約制定当初から右の関係が組合員の離農の進行により非組合員である区民が増加する結果として次第に壊れることが予想されていたものと認めることができるところ、組合長区長兼任規定が組合員の多数意思を組合長の選任に反映させることができるように改正されずに区民大会当時も存在していた(当事者間に争いがない事実)のであるから、区長解任に賛成票を投じた組合員の組合員全員に占める割合が過半数に遠く及ばなかったとしても、天野重知に対する区長解任手続に伴い同人の組合長の地位まで失わしめることは特段の事情のない限り不合理又は条理に反するとは解されたいというべきであるが、以下には、まず、区長解任に賛成票を投じた組合員の組合員全員に占める割合について検討し、更にその合理性について重ねて判断を加えることとする。

2  区長解任に賛成票を投じた組合員の組合員全員に占める割合

(一)  昭和五〇年一月当時の区民及び組合員の数と解任賛成票との関係

(1) 区民数及び出席区民数

区民数が昭和五〇年一月当時三六〇戸であり、そのうち二三三戸が同月二九日の区民大会に出席し全員一致で天野重知区長の解任を決議したことは前記第三の三3(一)(2)のとおりである。

(2) 組合員数

〔証拠略〕によれば、当初の忍草入会組合の組合員であり林雑補償金請求の有資格者であった者の数が昭和四〇年当時二八〇戸であること、被告代表者が自認するとおり同無資格者が右当時数十戸いたこと、昭和五〇年当時の天野尚光派が三一名、同渡辺伊佐男派が一二五名であったこと、証人渡辺綱一が右両派を含むものとして記憶していた右当時の組合員数が三二〇戸であること、原告補助参加人元代表者組合長渡辺宗太郎の意見によると右当時の忍草区の「御香典受納帳」記載の組合員が一三五戸であること、以上の各事実が認められる。以上の各事実によれば、仮に前記両派を組合員と認めた場合、区民大会当時の組合員の数は三一五戸ないし三二〇戸と認められる。

(3) 解任賛成票との関係

右(1)及び(2)の各事実によれば、前記両派を組合員と認めた場合の区長解任に賛成票を投じた組合員の組合員全員に占める割合(X)は、仮に非組合員全員が区民大会に出席していたとし、かつ、

(1) 解任決議当時の組合員総数が三一五戸であったとしても、

X1  ={賛成投票数233-(区民総数360-組合員総数315)}÷315×100であり、約五九・七パーセントとなることが、

(2) 右当時の組合員総数が三二〇戸であったとすると、

X2  ={賛成投票数233-(区民総数360-組合員総数320)}÷320×100であり、約六〇・三パーセントとなることが、

それぞれ認められる(いずれも小数点第二以下四捨五入)。

したがって、前記両派が区民大会当時に組合員資格を有していたならば、天野重知区長解任による組合長の地位の喪失は、組合員の多数意思にも合致するより合理性の高いものであったということができる。

しかし、被告は、前記両派が区民大会当時に既に除名又は脱退により組合員資格を失っていた旨主張するので、以下には右各主張について順次判断する。

(二)  天野尚光派の当初の忍草入会組合からの除名の効力

(1) 組合員除名処分の有効要件

前記第二の一2(一)(1)及び(2)の各事実並びに〔証拠略〕によれば、当初の忍草入会組合の有する入会権が旧忍草村当時の入会住民により明治時代から培かわれ、入会住民自らをその構成員(組合員)として設立された同組合にその管理を委ねられた財産であり、元来、組合員こそがその権利主体というべきものであること、他方、本件組合規約「本組合及び入会権の存立を危うくするなど、組合員が著しく本規約に反した場合には、組合長は総会の同意を得て除名をすることができる。」と規定していることが(二〇条二項)、それぞれ認められるところ、組合員の除名は対象組合員から入会権を剥奮することであるから除名が有効となるには本件組合規約違反の程度が著しく重大であり、かつ、除名しなければ組合及び入会権の存立が危うくなる場合でなければならないと解され、右条項は右の場合にのみ除名できることを規定する趣旨と解すべきである。

(2) 除名理由の有無

(1) 天野茂美組合長の刑事告発について

ところで、まず、天野尚光派が昭和四一年ころ当初の忍草入会組合長を刑事告発したことは当事者間に争いがなく、被告は、右告発が除名理由に当たると主張している。

しかし、〔証拠略〕によれば、北富士演習場の米軍から自衛隊への使用転換(昭和四五年以降)後も旧一一か村住民の入会慣行等を尊重する旨の関係者の合意が昭和四〇年一〇月一三日ごろ山梨県の異議で破綻したこと、当初の忍草入会組合長天野茂美が右以降被告代表者天野重知の指導の下梨が原における共同入会権者である他の一〇入会組合やその管理統制に当たっている富士吉田市外四ケ村恩賜県有財産保護組合と袂を分かち、独自の「身体を張った」北富士演習場反対闘争を展開したこと、また、組合長が受領した林雑補償金が昭和二八年ないし昭和四一年までで合計二億二〇〇〇万円に上っていたこと、内金約一〇〇〇万円が組合員に配布されたに過ぎないこと、残金が非合法闘争資金名下に詳細な使途を明らかにしないまま費消されたこと、一部組合員が資金使途の明朗化を要求したにもかかわらず同組合長が闘争資金に使用したとしか回答せず右要求に応じなかったこと、以上の各事実が認められる。

右の各事実によれば、同派による刑事告発は、当初の忍草入会組合の闘争の孤立化ないし過激化を憂慮し、かつ、個々の組合員が本件入会権行使の代償として受領すべき林雑補償金の使途に対する疑念を持ったため行われたものと認めることができ、むしろ、組合運営の適正化を求める行動ということができるから、右行動が除名しなければ組合及び入会権の存立を危うくする行為に該当するものとはいえない。

(2) 林雑補償金の請求・受領権限の組合長への委任解除について

次に、天野尚光派が昭和四一年ころ当初の忍草入会組合長に対する林雑補償金の請求・受領権限の組合長への委任を解除したことは当事者間に争いがなく、被告はこれが除名理由に当たると主張している。

しかし、〔証拠略〕によれば、林雑補償制度は少なくとも国の見解によれば、林野を駐留軍の用に供することによって林野雑産物の生産又は採取の入会慣行を有する個々の住民が被る損失を国の行政措置ないし実損補償として補償する制度であること、したがってその請求権が当初の忍草入会組合にではなく各組合員に帰属するものと解されていること、そこで当初の入会組合においても個々の組合員が従前組合長に対し林雑補償金の請求及び受領の権限を委任して来たこと、また、被告代表者も被告組合員に「個人に対する見舞金であるから受領してもいい」旨指示していること、以上の各事実が認められる。

右の各事実によれば、個々の組合員が組合長に対する従前の林雑補償金の請求及び受領の権限の委任を解除し、自らこれを請求し又は受領したとしても右の行為は制度上認められた権利行使といわねばならず、本件組合規約二条の「入会地の利用及び入会地から生ずる一切の収益」又は同四条二項の「単独利用」には該当せず、また、右行為が当初の忍草入会組合の活動資金を減少させたとしても、同二〇条二項にいう「組合及び入会権の存立を危うくする」行為に当たると解すべきではない。仮に右の行為が天野茂美組合長及びその背後にあり同組合長を指導していた天野重知による闘争を抑制する意図で行われていたとしても、同人らが右当時前記<1>の独自の演習場反対闘争を企図し、組合員らから林雑補償金を巡る疑念を提起されていた以上、その組合運営の適正化を望む一部の組合員が右委任解除をしたとしてもこれが除名理由にあたるとは解されない。

(3) 以上によれば、昭和四一年一月一日当時天野尚光派の組合員に除名理由があったとする被告の主張はいずれも理由がなく、仮に適法な手続に基づく除名決議があったとしてもいずれも無効というべきである。

(三)  渡辺伊佐男派の当初の忍草入会組合からの脱退又は除名の有無

(1) 脱退の意思表示の有無について

渡辺伊佐男派が同年一二月二六日当初の忍草入会組合(右代表者組合長天野重知)に対し「私達は昭和四九年六月三〇日貴組合より分離し、新しく忍草入会組合を結成しました。」という文面に引き続き林雑補償金の請求についての組合長に対する委任を解除する旨の意思を表示する内容証明郵便を送付したことは当事者間に争いがないところ、被告は右行為が脱退の意思表示である旨主張する。

確かに、右の文面は脱退の意思表示であるかのようであるが、本件入会権が当初の忍草入会組合に管理されていたことは当事者間に争いがなく、林雑補償金が現に個々の入会行為をする資格のある者に対する行政的措置ないし実損補償として交付されているに止まることは前記(二)(2)<2>で認定したとおりであるから、もし入会住民である組合員が同組合から脱退すれば右制度上個々の入会権の行使の資格を失い事実上林雑補償金を受領できなくなるものと認められる。したがって、渡辺伊佐男派の組合員が林雑補償金の国に対する直接請求を表明する右郵便の送付を行ったとしてもこれが組合からの脱退の意思を含むものではないことは明らかであるといわねばならない。

ところで、天野重知が昭和四五年頃から昭和四九年頃まで忍草区民兼組合員等を組織し繰り返し過激な闘争を指導したことは、前記第三の三2(一)のとおりであり、前記第三の四2(二)(2)の各事実、〔証拠略〕によれば、一部組合員が同年頃天野重知に対し歴代組合長が受領した林雑補償金の使途につき説明を要求したのに具体的な説明をしなかったことが認められる。

したがって、渡辺伊佐男派が前記文面の郵便を送付したのは、当初の忍草入会組合から脱退する旨の意思表示ではなく、むしろ、当初の忍草入会組合の運営の正常化のために同派として組合長天野重知の活動方針に反対ないし不信任の強い意思を表明したに止まるものと解すべきである。

(2) 除名理由の有無

次に、被告は、前記文面の郵便送付が本件組合規約二条に反し、かつ、規模の大きい分派活動であって当初の忍草入会組合の本件入会権確立闘争に反するものであって同二〇条第二項に反するから除名理由になる旨を主張している。

しかし、林雑補償金の受領に関する委任の解除は制度上認められた権利行使といわねばならず本件組合規約二条及び四条二項に反するものではないことは前記(二)(2)<2>のとおりであり、また、前記文面の郵便送付は渡辺伊佐男派が当初の忍草入会組合の運営の正常化のために同派として組合長天野重知の活動方針に反対ないし不信任の強い意思を表明したに止まるものと解すべきことは前記(三)(1)のとおりであるから右行動が二〇条二項に反する行為にも当たらず、同派組合員の入会権を剥奪する理由とはなり得ないと解される。

したがって、仮に渡辺伊佐男派の組合員について除名決議が有効な手続の下にされていたとしても右決議は無効である。

(四)  結論

以上によれば、天野尚光派及び渡辺伊佐男派は天野重知区長解任決議当時組合員であったと言うことができ、同決議による組合長の地位の喪失は、組合員の多数意思にも合致する合理性の高いものであったということができる。

五  渡辺伊佐男等の当初の忍草入会組合長への就任について

1  渡辺伊佐男の当初の忍草入会組合長への就任、再任

ところで、〔証拠略〕によれば、組長五名が昭和五〇年一月三〇日区会を開催し渡辺伊佐男を区長に選任したこと、同人が昭和五〇年一二月二五日及び昭和六一年一二月二五日にも区会によって再任されたこと(就任はそれぞれ翌日)、右選任ないし再任に伴いそれぞれ同時に当初の忍草入会組合長に就任したこと、以上の各事実が認められる。

2  歴代組合長の就任経過

更に、〔証拠略〕によれば、本件組合規約が昭和五二年二月一〇日総代会が組合長を選任する旨改正されたこと、組合長が同年以降昭和五五年までの間別紙組合長目録1ないし4のとおり選任されたこと、本件組合規約が昭和五六年一月二四日選任方法を右改正前に戻す旨改正されたこと、組合長が昭和五七年以降本件売買契約当時である昭和六〇年までの間同目録5ないし8のとおり区長に選任されると同時に組合長に就任したこと、以上の各事実が認められる。

六  以上一ないし五に認定した各事実によれば、原告補助参加人が本件売買契約当時当初の忍草入会組合と同一性を有する権利能力なき社団として本件立木の所得権を有していたものと認めることができる。

第四 結論

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊永格 裁判官 石栗正子 日下部克通)

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